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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)659号 決定

抗告人 高山イネ子(仮名)

相手方 野上松男(仮名)

事件本人 野上定男(仮名)

主文

原審判を取り消す。

事件本人野上定男の親権者を抗告人と定める。

理由

本件抗告の理由は別紙記載のとおりである。

本件記録並びに東京家庭裁判所昭和三十一年(家イ)第一五一号親権者指定調停事件の記録を査閲し、且つ当審における当事者双方審尋の結果並びに当裁判所が徳島家庭裁判所に嘱託してなした調査の結果を合わせ考えると、次の事実を認めることができる。

相手方野上松男は昭和十三年七月○○日山本キミ子と婚姻し四子を挙げ(内二人は死亡し現在長女美佐子、二女洋子の二子)たが昭和二十年九月キミ子は死亡し、同年十二月抗告人と事実上の結婚をなし、その後抗告人が事件本人を懐胎中にこれと離別して昭和二十二年二月○○日西山やえ子と婚姻し、同人との間に二子を挙げ、現に妻やえ子及び右キミ子の子二人と、やえ子の子二人(内一人は男子)と肩書住所において同居し、木材の販売を業とする資本金二百二十万円の株式会社を経営しているものである。しかして事件本人は相手方野上松男と抗告人高山イネ子との間に昭和二十二年二月○○日(離別後)出生し、同年四月○○日父野上松男が認知して同人の戸籍に入籍したのであるが、同年五月三日以降日本国憲法の施行に伴う民法の応急措置に関する法律の施行に伴い、両親の共同親権に服することとなつた。そこで相手方は事件本人を相手方の親権に服せしめることを希望して本件申立に及んだのである。ところで相手方の現在の生活状況は前示の如く、先妻の子二人と現在の妻の子二人を同居させておるので家庭は相当に複雑でありこの家庭に更に事件本人を引き取つて、果して円満な家庭生活を営みうるや、また事件本人を十分に監護養育しうるや否や極めて疑わしいものがあるのみならず、記録に綴られてある徳島地方裁判所昭和二十二年(ワ)第一三五号事件判決正本の写によれば、相手方は抗告人に対して不当に婚姻予約を破棄しながらその慰藉の方法をも講じないばかりでなく、事件本人の養育についてもなんら顧みるところがなかつたため、抗告人から慰藉料等の請求訴訟を提起され、敗訴の判決を受けたことが明らかであるので、相手方が事件本人の養育に関して熱意を有するものとはとうてい認めることができない。また相手方の経済状態から考えても右に説示したように大家族を抱えて、さきに認定したような程度の事業を経営している状態のもとにおいて、更に事件本人を引き取つて十分な養育をすることは必らずしも容易でないといわざるをえない。次に抗告人高山イネ子は現在肩書住所において高山○○○○研究所と称する○○教授を開業し、実母と同居して事件本人を小学校に通学させて養育しつつあるのであつて、抗告人自身の収入は決して多くないけれども、附近には親族その他の援助者もあるので、生活の場としてはむしろ安定に向かつているものと認められ、且つ抗告人は唯一人の実子である事件本人を熱愛し、同人の養育に一生を捧げる覚悟を以つてこれに当つており、また抗告人の母(事件本人の祖母)ユキエは早くから事件本人を育て上げた関係上、殊にこれを愛しており、事件本人を手許から離すことを極力拒否しているので、事件本人は、たとえ経済的には恵まれないとしても、親身の愛情に包まれて抗告人のもとに育てられるのがむしろ幸福な生活を送ることができるゆえんであると考えられる。以上の認定事実から考察するときは、事件本人はこれを抗告人の親権のもとに置き、抗告人をして監護養育させるのを適当と認めざるをえない。よつてこれと結論を異にする原審判は失当であるから、これを取り消すべきものとし、主文のとおり決定した。

(裁判長判事 岡崎恕一 判事 龜山脩平 判事 下関忠義)

(別紙)

抗告理由書

一、抗告人ト被抗告人トハ昭和二十年結婚シ翌二十一年抗告人ハ衣料ヲ取リニ田舎ニ帰省シタトコロ姙娠シテ居ル為メ三ヶ月許リ滞在シテ帰宅シタトコロ、当時被抗告人ハ他ニ女ヲ作ツテ居リ而カモ其女ハ姙娠シテ居ル為メ抗告人モ入籍ヲ拒ハラレ遂ニ内縁デ終ツタノデアル。

二、当所家庭裁判所ニ於テハ抗告人ハ月々三千円ノ養育費ヲ要求シタトコロ、被抗告人ハ一万五千円ノ月給ダカラ、千五百円ヨリ出セナイト云ツタノデ調停ガ出来ナカツタノデアル(被抗告人ハ事実ハ月給取リデハナイ商売ヲシテ居ル)

三、抗告人ハ目下本人ヲ預ケテ居ルトコロ(本人ノ叔父)ヘハ月々五千円宛送ツテ居ルノニ、千五百円ヨリ出セヌト云フ被抗告人ノ処ヘ、又被抗告人ハ経済的ニ恵マレテ居ルトハ云ヘ、先妻ノ子ヤ現在ノ妻ノ子モアリ、其様ナ処ヘ本人ヲ引渡シテモ決シテ本人ノ幸福ハ得ラレズ、一方抗告人は仮令働キ乍ラデモ子供丈ケハ是非共不自由ナク、ノビノビト生長サセタイト念願シテ居ルノデアル。

参考(原審判)

昭和三一(家)三二五八号審判書

主文

事件本人野上定男(昭和二十二年二月○○日生)の親権者を申立人と定める。

相手方は右定男を申立人に引渡すべし。

理由

事件本人定男は昭和二十二年二月○○日申立人と、嘗て内縁関係にあつた相手方との間に生れた子で同年四月○○日申立人において認知をしている。従つて右定男は現に申立人と相手方の共同親権の下にある。然し当事者間の右内縁関係は既に定男の出生前に解消し、申立人は現在のやえ子と婚姻し生活をしている。定男は相手方の監護の下にあるけれども申立人はこれを引取り自ら養育し度いから主文のように協議に代わる審判を求めるというのが申立人の主張である。

相手方は定男の引渡を固く拒絶し、その養育費の負担を申立人に求める。そこで当裁判所の判断するところは、定男は出生後相手方の監護の下にあるが相手方はその経済生活が安定しておらず、右定男は現在相手方と離れ相手方の本籍地で養育せられている。申立人は先妻の子と現在の妻の子を擁し、家族関係が稍複雑であるが経済生活は一応安定して平和な家庭を営んでいる。それで定男を相手方が自ら養育し、申立人においてそのため十分の費用を支払うことができれば最適であるかも知れないが申立人に右の要求を満たす意思も又資力もない。申立人は自らの責任をもつて定男を養育することを切に願つているのであり、かくすれば相手方の定男に対する養育の責任は軽くなり、自己の生活を安定せしめる途が開けることも事実である。相手方は嘗て定男を昭和二十九年三月三十一日まで監護できれば足ると一応考えたこともあり、その後相手方の近親において申立人に定男を引渡す交渉をしたこともある。以上の如き事情から見ると相手方はこの際難きを忍んで定男を申立人に引渡し申立人において専ら親権者となつて責任を果すことが右定男の成長のためにも利益と認められるものである。

よつて主文の通り審判する。

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